冷たい雨に打たれて
桜を散らす冷たい雨が降る春の日。
私は長かった黒髪を切った。
あの人の視線の先にいるのは私ではないと痛いほどわかってしまったから。
想いを伝えるまでもなく終わってしまうものに区切りをつけるため・・・。
その日はもう4月になるというのに冷え込んだ空気が剥き出しになった首筋を襲う。
「切らなきゃよかったかな・・・」
電車の窓ガラスに映る自分に目を遣り、そう後悔してももう遅かった。
首元はすっきりと、そして耳たぶが少し見える髪の毛は元には戻らない。切ってしまったから。
翌日、陽気に包まれた春らしい日が続いていた。
おかげで剥き出しになった私の首筋は人目に曝されることはあっても冷気に曝されずに済んだ。
そんな日に私は彼に出会った。
彼はスラッとした長身にやわらかな微笑みの似合う人で、この陽気はこの人が連れてきたのではないかと思うような、そんな人だった。
出会いから数週間経った頃のこと。
「君の髪、とっても綺麗だよね」
まだまだ短い髪の私に、彼は何の気なくそう言った。
「え?」
髪が長かった頃は周囲から髪を褒められることもあったが、この短い髪を褒める人はいない。
「急にごめん、不快だったかな?」
申し訳なさそうに彼が謝る。
私は自分が思っている以上にぶっきらぼうな反応をしてしまったらしい。
「いえ、そうじゃないんです。髪を切ってから褒めてくれる人なんていなかったから・・・少し驚いてしまって」
鼓動が速くなるのを感じながら、でもうれしいです、と私は笑顔で彼に返した。
「もしかして、髪切ったばっかり?」
「はい、切ってまだ1ヶ月も経たないくらいですね。切る前はこのくらいまであったんです」
私は彼の質問に答え、右手でこのくらいまでとジェスチャーした。
「へぇ~、随分思い切ったんだね」
私は“勿体無いね”とか“どうして切ったの?”なんて言われたら面倒だな、などと思考を巡らせていた。
でも彼の口から出た会話の続きは違うものだった。
「短くてもこんなにキラキラした綺麗な髪の人って珍しいよ」
キラキラした笑顔でそう言われると、胸がきゅうっとなるのを感じた。
「そう・・・ですかね」
平静を取り繕うのが精いっぱいだった。
「うん、短くてこんなに綺麗なんだから、長かったらもっとすごいんだろうなぁ」
相変わらずキラキラした笑顔で彼は微笑む。
「そんなことないですよっ。でも・・・ありがとうございます」
照れながらお礼を言う私は、また髪を伸ばしてみようかと考えていた。
気づけば彼と出会ってからかなりの年月が経っていた。
私の髪はあれから順調に伸びて、腰には届かないまでも、かなりの長さ誇っていた。
彼との距離も出会った頃よりは近くなっているように思う。
二人きりで会うことも多くなったし、彼はその笑顔で隠していたのであろう、心の底にある悲しみや不安をも少しずつ私には見せてくれるようになった。
「やっぱり髪、すっごく綺麗だね」
彼がふと、私の髪に触れながらそう言った。
「ありがとうございます」
「元々髪が綺麗なのもあるだろうけど、君が大切に伸ばしてきたからこれほどキラキラしてるんじゃないかな」
彼はそう言って後ろからぎゅっと抱きしめてくれた。
季節は廻り、桜が満開に咲き誇る今日この頃。
お昼まではうららかだった空模様も一変し、ザーザーと冷たい雨が降っていた。
雨のせいかいろいろなことを億劫に感じ、夕食をお気に入りのカフェで済ませた帰りの駅で見てしまった。
大好きな彼と、知らない女性の姿。
彼に似合うスレンダーな長身で、大人っぽさが溢れる女性。
その女性がトン、と彼の胸に寄りかかる。
見たくない光景だった。でも、見てしまった。
傘をさして家まで帰ったはずなのに、全身冷たい雨に打たれて体は冷え切っていた。
私は長かった黒髪を切った。
あの人の視線の先にいるのは私ではないと痛いほどわかってしまったから。
想いを伝えるまでもなく終わってしまうものに区切りをつけるため・・・。
その日はもう4月になるというのに冷え込んだ空気が剥き出しになった首筋を襲う。
「切らなきゃよかったかな・・・」
電車の窓ガラスに映る自分に目を遣り、そう後悔してももう遅かった。
首元はすっきりと、そして耳たぶが少し見える髪の毛は元には戻らない。切ってしまったから。
翌日、陽気に包まれた春らしい日が続いていた。
おかげで剥き出しになった私の首筋は人目に曝されることはあっても冷気に曝されずに済んだ。
そんな日に私は彼に出会った。
彼はスラッとした長身にやわらかな微笑みの似合う人で、この陽気はこの人が連れてきたのではないかと思うような、そんな人だった。
出会いから数週間経った頃のこと。
「君の髪、とっても綺麗だよね」
まだまだ短い髪の私に、彼は何の気なくそう言った。
「え?」
髪が長かった頃は周囲から髪を褒められることもあったが、この短い髪を褒める人はいない。
「急にごめん、不快だったかな?」
申し訳なさそうに彼が謝る。
私は自分が思っている以上にぶっきらぼうな反応をしてしまったらしい。
「いえ、そうじゃないんです。髪を切ってから褒めてくれる人なんていなかったから・・・少し驚いてしまって」
鼓動が速くなるのを感じながら、でもうれしいです、と私は笑顔で彼に返した。
「もしかして、髪切ったばっかり?」
「はい、切ってまだ1ヶ月も経たないくらいですね。切る前はこのくらいまであったんです」
私は彼の質問に答え、右手でこのくらいまでとジェスチャーした。
「へぇ~、随分思い切ったんだね」
私は“勿体無いね”とか“どうして切ったの?”なんて言われたら面倒だな、などと思考を巡らせていた。
でも彼の口から出た会話の続きは違うものだった。
「短くてもこんなにキラキラした綺麗な髪の人って珍しいよ」
キラキラした笑顔でそう言われると、胸がきゅうっとなるのを感じた。
「そう・・・ですかね」
平静を取り繕うのが精いっぱいだった。
「うん、短くてこんなに綺麗なんだから、長かったらもっとすごいんだろうなぁ」
相変わらずキラキラした笑顔で彼は微笑む。
「そんなことないですよっ。でも・・・ありがとうございます」
照れながらお礼を言う私は、また髪を伸ばしてみようかと考えていた。
気づけば彼と出会ってからかなりの年月が経っていた。
私の髪はあれから順調に伸びて、腰には届かないまでも、かなりの長さ誇っていた。
彼との距離も出会った頃よりは近くなっているように思う。
二人きりで会うことも多くなったし、彼はその笑顔で隠していたのであろう、心の底にある悲しみや不安をも少しずつ私には見せてくれるようになった。
「やっぱり髪、すっごく綺麗だね」
彼がふと、私の髪に触れながらそう言った。
「ありがとうございます」
「元々髪が綺麗なのもあるだろうけど、君が大切に伸ばしてきたからこれほどキラキラしてるんじゃないかな」
彼はそう言って後ろからぎゅっと抱きしめてくれた。
季節は廻り、桜が満開に咲き誇る今日この頃。
お昼まではうららかだった空模様も一変し、ザーザーと冷たい雨が降っていた。
雨のせいかいろいろなことを億劫に感じ、夕食をお気に入りのカフェで済ませた帰りの駅で見てしまった。
大好きな彼と、知らない女性の姿。
彼に似合うスレンダーな長身で、大人っぽさが溢れる女性。
その女性がトン、と彼の胸に寄りかかる。
見たくない光景だった。でも、見てしまった。
傘をさして家まで帰ったはずなのに、全身冷たい雨に打たれて体は冷え切っていた。
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大切だった時間
私はパパと1年に1度の旅行にきている。
私が小学生のときにパパとママは離婚してしまって、今はパパには新しい家族がいるけれど・・・。
私のことも大切な娘だと1年に1度だけ二人で旅行に行くのが恒例になっている。
今年はパパの仕事が忙しいから近場にはなったけれど、いつも遠くに行っていたから近場も新鮮だった。
昨日今日と新しくできたテーマパークへ行ったり、有名な史跡を巡ったり、美味しいものを食べたりと楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
明日の夜にはこの旅行は終わってしまって、またいつもの毎日が始まる。
「そろそろシャワー浴びておいで」
テレビを見ながらぼーっとしていると、聞こえてくるパパの声。
促されて私は「はーい」とバスルームに向かった。
ホテルにしては広いバスルームで浴槽にお湯を溜めながら体を洗い、続いて髪の毛を洗う。
ふわふわとしたシャンプーの泡でごしごしと地肌を洗った後、トリートメントを毛先にたっぷりとつけて優しく馴染ませて流す。
洗い終えた髪をタオルできゅっとまとめて浴槽にちゃぷんと浸かった。
髪を伸ばし始めたのはいつだっただろう・・・。
小さな頃はショートカットだった私。
確か小学生の頃にTVで見た髪の長いアイドルに憧れてから伸ばしたんだっけ・・・?
高校生になったくらいから、オシャレに興味を持つようになって毎日念入りにトリートメントしたり、お金を貯めてマイナスイオンのドライヤーを買ったりして。
私がバスタイムを終えて戻ると「じゃあ俺も行ってくるよ」と入れ違いにパパがシャワーを浴びにソファーを立った。
「いってらっしゃい」と見送ってから、私はタオルでしっかりと髪の毛を拭いてからドライヤーをかけた。
水気を含んでいた髪がだんだん乾き、さらさらとドライヤーの温風で踊り始めた。
乾かし終わった私の髪は胸のあたりで揺れている。
閉められたカーテンを少しだけ開けて窓の外を眺める。
幾千もの光がぼんやりと届く夜景は見ているだけで時間を忘れそうになる。
「どうした?」
後ろから声をかけられて初めてパパがシャワーを終えて戻ってきたのに気づいた。
「パパ・・・外、きれいだね」
「ああ、そうだな」
パパの手が私の肩にそっと触れる。
しばらく二人で夜景を眺めていた。
「それにしても、清香もきれいになったな」
「えっ、急にどうしたの!?」
突然のパパの言葉にびっくりしてしまった。
「たまにしか会わないからな・・・会うといつも清香の成長にはびっくりするよ」
にっこり笑顔で私の頭をガシガシと撫でる。
パパがその撫でる手を止めて、私の髪に手櫛を通す。
「髪も、きれいだな」
そう褒めてくれたパパに意を決して切りだした。
「あのね、お願いがあるんだけど・・・」
「ん?お願い?」
「うん・・・えっとね、髪を切ってほしいの」
私のお願いにパパは唖然としていた。
「髪を切るって・・・清香の髪を?」「うん」
「今から!?」「うん」
次々に降ってくるパパからの質問に私は至って淡々と答える。
「でも、ハサミだってないし」
そう言い訳めいた言葉に「これを使って」とポーチに忍ばせてあったハサミを取り出してみせた。
前髪を自分で切るときに使っているヘアカット用のハサミだ。
「どうしても?」
パパが真剣な声で尋ねてきた。
「うん」
私はパパの目をじっと見つめて答えた。
「ちょっと待ってて」とパパは一昨日買った新聞を床に何重にも敷き始めた。
そしてその上に椅子をちょこんと置く。
椅子を指さしてここに座るように促され、私は着ていたガウンを脱いでソファに置いた。
「!」
目を見開いて驚いた様子のパパが言葉を発するのを制止するように私はクスっと笑って
「だってケープとかないでしょ?この方が後片付け楽だと思うから」
とキャミワンピ1枚で用意された椅子に座った。
少し腑に落ちないような表情を残しながらもパパは「しょうがないな」と納得してくれた。
パパの手が私の髪に触れてゆっくり櫛が通され、暖かいパパの手の気持ちよさについうとうとしまいそうになる。
「それで、どれくらい切るの?」
パパの声で眠気は一瞬で振り払われた。
「あのね・・・前にパパが切ってくれてた時みたいにしてほしい」
私が小さかった頃、ママは手先が不器用だからか私の髪はいつもパパが切っていた。
私が小さかった・・・ショートカットだった頃。
「そんなに切るの?」
パパが心配そうな顔で私の顔を覗き込む。
「ずっと大事に伸ばしてきたんじゃないの?何かあったのか?」
と続けるパパに
「何もないよ。ただ、暑くなってきたし久しぶりに短くしようかなって思っただけ」と笑顔で返した。
私が小学生のときにパパとママは離婚してしまって、今はパパには新しい家族がいるけれど・・・。
私のことも大切な娘だと1年に1度だけ二人で旅行に行くのが恒例になっている。
今年はパパの仕事が忙しいから近場にはなったけれど、いつも遠くに行っていたから近場も新鮮だった。
昨日今日と新しくできたテーマパークへ行ったり、有名な史跡を巡ったり、美味しいものを食べたりと楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
明日の夜にはこの旅行は終わってしまって、またいつもの毎日が始まる。
「そろそろシャワー浴びておいで」
テレビを見ながらぼーっとしていると、聞こえてくるパパの声。
促されて私は「はーい」とバスルームに向かった。
ホテルにしては広いバスルームで浴槽にお湯を溜めながら体を洗い、続いて髪の毛を洗う。
ふわふわとしたシャンプーの泡でごしごしと地肌を洗った後、トリートメントを毛先にたっぷりとつけて優しく馴染ませて流す。
洗い終えた髪をタオルできゅっとまとめて浴槽にちゃぷんと浸かった。
髪を伸ばし始めたのはいつだっただろう・・・。
小さな頃はショートカットだった私。
確か小学生の頃にTVで見た髪の長いアイドルに憧れてから伸ばしたんだっけ・・・?
高校生になったくらいから、オシャレに興味を持つようになって毎日念入りにトリートメントしたり、お金を貯めてマイナスイオンのドライヤーを買ったりして。
私がバスタイムを終えて戻ると「じゃあ俺も行ってくるよ」と入れ違いにパパがシャワーを浴びにソファーを立った。
「いってらっしゃい」と見送ってから、私はタオルでしっかりと髪の毛を拭いてからドライヤーをかけた。
水気を含んでいた髪がだんだん乾き、さらさらとドライヤーの温風で踊り始めた。
乾かし終わった私の髪は胸のあたりで揺れている。
閉められたカーテンを少しだけ開けて窓の外を眺める。
幾千もの光がぼんやりと届く夜景は見ているだけで時間を忘れそうになる。
「どうした?」
後ろから声をかけられて初めてパパがシャワーを終えて戻ってきたのに気づいた。
「パパ・・・外、きれいだね」
「ああ、そうだな」
パパの手が私の肩にそっと触れる。
しばらく二人で夜景を眺めていた。
「それにしても、清香もきれいになったな」
「えっ、急にどうしたの!?」
突然のパパの言葉にびっくりしてしまった。
「たまにしか会わないからな・・・会うといつも清香の成長にはびっくりするよ」
にっこり笑顔で私の頭をガシガシと撫でる。
パパがその撫でる手を止めて、私の髪に手櫛を通す。
「髪も、きれいだな」
そう褒めてくれたパパに意を決して切りだした。
「あのね、お願いがあるんだけど・・・」
「ん?お願い?」
「うん・・・えっとね、髪を切ってほしいの」
私のお願いにパパは唖然としていた。
「髪を切るって・・・清香の髪を?」「うん」
「今から!?」「うん」
次々に降ってくるパパからの質問に私は至って淡々と答える。
「でも、ハサミだってないし」
そう言い訳めいた言葉に「これを使って」とポーチに忍ばせてあったハサミを取り出してみせた。
前髪を自分で切るときに使っているヘアカット用のハサミだ。
「どうしても?」
パパが真剣な声で尋ねてきた。
「うん」
私はパパの目をじっと見つめて答えた。
「ちょっと待ってて」とパパは一昨日買った新聞を床に何重にも敷き始めた。
そしてその上に椅子をちょこんと置く。
椅子を指さしてここに座るように促され、私は着ていたガウンを脱いでソファに置いた。
「!」
目を見開いて驚いた様子のパパが言葉を発するのを制止するように私はクスっと笑って
「だってケープとかないでしょ?この方が後片付け楽だと思うから」
とキャミワンピ1枚で用意された椅子に座った。
少し腑に落ちないような表情を残しながらもパパは「しょうがないな」と納得してくれた。
パパの手が私の髪に触れてゆっくり櫛が通され、暖かいパパの手の気持ちよさについうとうとしまいそうになる。
「それで、どれくらい切るの?」
パパの声で眠気は一瞬で振り払われた。
「あのね・・・前にパパが切ってくれてた時みたいにしてほしい」
私が小さかった頃、ママは手先が不器用だからか私の髪はいつもパパが切っていた。
私が小さかった・・・ショートカットだった頃。
「そんなに切るの?」
パパが心配そうな顔で私の顔を覗き込む。
「ずっと大事に伸ばしてきたんじゃないの?何かあったのか?」
と続けるパパに
「何もないよ。ただ、暑くなってきたし久しぶりに短くしようかなって思っただけ」と笑顔で返した。
色
「おや・・・」
一瞬声をかけるのを躊躇ってしまった。
そこには見知った服装、見知ったはずの顔・・・なのだが。
私は約束の時間よりも少し早く待ち合わせ場所に着いてしまった。
腕時計をちらりと見ながら、ぼんやり彼が来るのを待っていた。
・・・と、数分もしないうちに私は人ごみに愛しい人の顔を見つけた。
「省吾さん!」
緊張交じりの浮き立った声で呼びかける。
すると彼は一瞬はっとした様子にみえたが、いつもの優しい微笑みを返してくれた。
名前を呼ばれ、やっぱり彼女だったのかとほっとした。
と同時に驚きもしたが、その可愛い表情に思わず笑みがこぼれる。
「髪・・・短くしたのかい?」
「はい・・・あの・・・」
何気なく尋ねると、彼女はなんともバツの悪そうな返事をする。
そう、私が見知った服や顔に声をかけるのを躊躇したのは、
彼女の髪型が先日までとは、もとい出会ってからの彼女の髪型とは違ったからだ。
ついこの間会ったときまでは、艶のある髪が彼女の背中を覆い隠していたのだが・・・。
今はさっぱりと項が露出し、口元にかかるあたりで切り揃えられている。
彼はいつも私の髪を褒めてくれていた。
大きな手で私の頭を撫で、細くきれいな指でサラサラと髪を梳かしてくれた。
そんな彼に内緒で髪をバッサリと切ってしまったことに、どこか罪悪感も感じていた。
私は秘めた感情を包み隠さず、言葉を続けた。
「ごめんなさい」
突然飛び込んできた謝罪の言葉。
「どうして謝るのかな?」
怒るわけでもなく、単純に疑問に思って問いかけた。
「だって、いつも褒めてくれていたのに・・・省吾さんに内緒で切ってしまったから」
彼女の可愛い答えに私は思わず短くなった彼女の髪をクシャと梳いた。
「そんなことを気にしていたのかい」
「だって・・・」
彼女は少し顔を紅潮させていた。
こうしてみると、以前の長い髪はとてもきれいだったし彼女に似合っていたが、
今のボブヘアはなんとも色っぽさを放っている。
「でもどうして・・・失恋したわけじゃないだろう?」
恐る恐る私は髪を切った理由を尋ねた。
「実は・・・」
私はゆっくりとその経緯を話した。
今まで長い髪を自分でも大切に思ってきたし、手入れも念入りに行ってきた。
手入れは今までと遜色なくしているはずなのに、最近髪の毛が傷んでしまっていたこと。
長さ故か、抜け毛も増えてきたような気がしていたこと。
省吾さんは私の言葉を一つ一つ噛みしめるように聴いてくれた。
髪を切ることを決めたときも切ってからも、私には罪悪感がつきまとっていた。
それが彼の言葉と態度ですーっと消えていった。
何より、短い私の髪をクシャっとする彼の手は暖かくて安心した。
・・・ふと、彼が私をじーっと見つめているのに気づく。
脳裏に浮かぶ、ひとつの疑念。
勝手に髪を切ったことには怒っていないけど、実はこの髪型は似合ってないんじゃないだろうか。
もしくは、彼の好みではなかったとか。
そう思うと、さっき晴れたはずの私の心がどんよりしていった。
思わず理世さんに見惚れていると、だんだん彼女の表情が沈んでいくのがわかる。
・・・ああ、つい見つめすぎてしまったかな。
それに、まだ彼女に今の髪型を褒めていなかった。
初めて見る愛しい人の姿に惹きこまれ、夢中になってしまっていたのだ。
「短いのもよく似合うね」
私はにっこりと、ようやく遅ればせながら彼女に伝えた。
「ほんとですか?」
彼女はほっとした表情と少しの不安を浮かべている。
「あぁ・・・何よりこの首筋はたまらないな・・・」
「えっ・・・」
彼女は潤んだ瞳を大きく見開いて驚いている。
この純粋さが愛おしいものだ。
「ふふ、今夜可愛がらせてもらおうかな」
私がそう囁くと、彼女は赤かった顔をさらに紅潮させた。
一瞬声をかけるのを躊躇ってしまった。
そこには見知った服装、見知ったはずの顔・・・なのだが。
私は約束の時間よりも少し早く待ち合わせ場所に着いてしまった。
腕時計をちらりと見ながら、ぼんやり彼が来るのを待っていた。
・・・と、数分もしないうちに私は人ごみに愛しい人の顔を見つけた。
「省吾さん!」
緊張交じりの浮き立った声で呼びかける。
すると彼は一瞬はっとした様子にみえたが、いつもの優しい微笑みを返してくれた。
名前を呼ばれ、やっぱり彼女だったのかとほっとした。
と同時に驚きもしたが、その可愛い表情に思わず笑みがこぼれる。
「髪・・・短くしたのかい?」
「はい・・・あの・・・」
何気なく尋ねると、彼女はなんともバツの悪そうな返事をする。
そう、私が見知った服や顔に声をかけるのを躊躇したのは、
彼女の髪型が先日までとは、もとい出会ってからの彼女の髪型とは違ったからだ。
ついこの間会ったときまでは、艶のある髪が彼女の背中を覆い隠していたのだが・・・。
今はさっぱりと項が露出し、口元にかかるあたりで切り揃えられている。
彼はいつも私の髪を褒めてくれていた。
大きな手で私の頭を撫で、細くきれいな指でサラサラと髪を梳かしてくれた。
そんな彼に内緒で髪をバッサリと切ってしまったことに、どこか罪悪感も感じていた。
私は秘めた感情を包み隠さず、言葉を続けた。
「ごめんなさい」
突然飛び込んできた謝罪の言葉。
「どうして謝るのかな?」
怒るわけでもなく、単純に疑問に思って問いかけた。
「だって、いつも褒めてくれていたのに・・・省吾さんに内緒で切ってしまったから」
彼女の可愛い答えに私は思わず短くなった彼女の髪をクシャと梳いた。
「そんなことを気にしていたのかい」
「だって・・・」
彼女は少し顔を紅潮させていた。
こうしてみると、以前の長い髪はとてもきれいだったし彼女に似合っていたが、
今のボブヘアはなんとも色っぽさを放っている。
「でもどうして・・・失恋したわけじゃないだろう?」
恐る恐る私は髪を切った理由を尋ねた。
「実は・・・」
私はゆっくりとその経緯を話した。
今まで長い髪を自分でも大切に思ってきたし、手入れも念入りに行ってきた。
手入れは今までと遜色なくしているはずなのに、最近髪の毛が傷んでしまっていたこと。
長さ故か、抜け毛も増えてきたような気がしていたこと。
省吾さんは私の言葉を一つ一つ噛みしめるように聴いてくれた。
髪を切ることを決めたときも切ってからも、私には罪悪感がつきまとっていた。
それが彼の言葉と態度ですーっと消えていった。
何より、短い私の髪をクシャっとする彼の手は暖かくて安心した。
・・・ふと、彼が私をじーっと見つめているのに気づく。
脳裏に浮かぶ、ひとつの疑念。
勝手に髪を切ったことには怒っていないけど、実はこの髪型は似合ってないんじゃないだろうか。
もしくは、彼の好みではなかったとか。
そう思うと、さっき晴れたはずの私の心がどんよりしていった。
思わず理世さんに見惚れていると、だんだん彼女の表情が沈んでいくのがわかる。
・・・ああ、つい見つめすぎてしまったかな。
それに、まだ彼女に今の髪型を褒めていなかった。
初めて見る愛しい人の姿に惹きこまれ、夢中になってしまっていたのだ。
「短いのもよく似合うね」
私はにっこりと、ようやく遅ればせながら彼女に伝えた。
「ほんとですか?」
彼女はほっとした表情と少しの不安を浮かべている。
「あぁ・・・何よりこの首筋はたまらないな・・・」
「えっ・・・」
彼女は潤んだ瞳を大きく見開いて驚いている。
この純粋さが愛おしいものだ。
「ふふ、今夜可愛がらせてもらおうかな」
私がそう囁くと、彼女は赤かった顔をさらに紅潮させた。
満月の夜に part1
「シャワー先に浴びておいでよ」
エリさんにそう促された。
「いいんですか?すみません」
私は申し訳なさそうに答えてそそくさとバスルームへ向かった。
今日はどうしても済ませなければならない仕事があり
終電も過ぎてしまったため、エリさんのおうちに泊めてもらうことになった。
明日ちょうどお休みということもあり、
エリさんの「泊まってきなよ」という言葉に甘えることにした。
掃除のいい届いたバス。
オーガニック素材で作られたシャンプーやボディソープはなんともエリさんらしい。
私は手短にシャワーを済ませ、用意してもらったパジャマを着た。
シンプルな水玉のパジャマだ。
「あがりました。エリさんどうぞ」
私が戻ると「じゃあ行ってくるわ」と答え、エリさんがバスルームへと向かった。
私はソファでエリさんを待った。
しばらくすると、パジャマを着たエリさんが戻ってきた。
そしてエリさんはスッと私の隣に座った。
そういえば、エリさんのすっぴんなんて見るのは初めてだ。
私もエリさんにすっぴんなんて見せたことなかったんだっけ…。
エリさんは普段から美人だけど、化粧を落としてもやっぱりキレイ。
肌も透き通るようで、思わず見とれてしまいそう。
「ん?どした?」
私はつい、エリさんを見つめていたようだ。
「あっ、いえ、なんでも…」
言葉ではうまくやり過ごしたかのように見えたが、私の顔は少し赤くなっていただろう。
「んー?…私に見とれてた?(笑)」
冗談混じりにエリさんが尋ねてくる。それも、ひょいとこちらに顔を寄せて。
「えっ!?そんな、ちが」
私は余計にしどろもどろになっているようだった。
エリさんが私の髪を撫でる。
「ユキちゃんの髪、キレイ」
柔らかい表情でエリさんが言う。
エリさんに出会ったころは肩につくくらいだった私の髪。
今は胸下まで伸びている。
もっとも、普段はポニーテールにしてるから実感しにくいけれど。
「ありがとうございます」
私は照れながらお礼を言うのが精一杯だった。
「でもエリさんだってこの間まで髪の毛長くてキレイだったじゃないですか」
少し間をおいて思い出したかのように私が言う。
1週間前くらいまでエリさんも今の私と同じくらいの髪の長さだった。
それをバッサリと切って今はかっこいいショートだけど、
髪が長くても短くてもエリさんの美人度は変わらない。
「私は伸ばしてもお手入れとかユキちゃんみたいにちゃんとやってないもん。
だからユキちゃんほどキレイじゃないよー」
エリさんはさらっと謙遜した。
エリさんにそう促された。
「いいんですか?すみません」
私は申し訳なさそうに答えてそそくさとバスルームへ向かった。
今日はどうしても済ませなければならない仕事があり
終電も過ぎてしまったため、エリさんのおうちに泊めてもらうことになった。
明日ちょうどお休みということもあり、
エリさんの「泊まってきなよ」という言葉に甘えることにした。
掃除のいい届いたバス。
オーガニック素材で作られたシャンプーやボディソープはなんともエリさんらしい。
私は手短にシャワーを済ませ、用意してもらったパジャマを着た。
シンプルな水玉のパジャマだ。
「あがりました。エリさんどうぞ」
私が戻ると「じゃあ行ってくるわ」と答え、エリさんがバスルームへと向かった。
私はソファでエリさんを待った。
しばらくすると、パジャマを着たエリさんが戻ってきた。
そしてエリさんはスッと私の隣に座った。
そういえば、エリさんのすっぴんなんて見るのは初めてだ。
私もエリさんにすっぴんなんて見せたことなかったんだっけ…。
エリさんは普段から美人だけど、化粧を落としてもやっぱりキレイ。
肌も透き通るようで、思わず見とれてしまいそう。
「ん?どした?」
私はつい、エリさんを見つめていたようだ。
「あっ、いえ、なんでも…」
言葉ではうまくやり過ごしたかのように見えたが、私の顔は少し赤くなっていただろう。
「んー?…私に見とれてた?(笑)」
冗談混じりにエリさんが尋ねてくる。それも、ひょいとこちらに顔を寄せて。
「えっ!?そんな、ちが」
私は余計にしどろもどろになっているようだった。
エリさんが私の髪を撫でる。
「ユキちゃんの髪、キレイ」
柔らかい表情でエリさんが言う。
エリさんに出会ったころは肩につくくらいだった私の髪。
今は胸下まで伸びている。
もっとも、普段はポニーテールにしてるから実感しにくいけれど。
「ありがとうございます」
私は照れながらお礼を言うのが精一杯だった。
「でもエリさんだってこの間まで髪の毛長くてキレイだったじゃないですか」
少し間をおいて思い出したかのように私が言う。
1週間前くらいまでエリさんも今の私と同じくらいの髪の長さだった。
それをバッサリと切って今はかっこいいショートだけど、
髪が長くても短くてもエリさんの美人度は変わらない。
「私は伸ばしてもお手入れとかユキちゃんみたいにちゃんとやってないもん。
だからユキちゃんほどキレイじゃないよー」
エリさんはさらっと謙遜した。
肩につかなくてもいいですか?
「いらっしゃいませ」
アシスタントの子が元気よく挨拶をしている。
お店に入ってきたのは高校生くらいの女の子である。
僕は何度かその女の子を担当したことがある。
確か、マリちゃんだっけ…。
「リョウさん、3時にご予約のお客様いらっしゃいました」
アシスタントの子が僕に声をかける。
今日も僕が彼女を担当することになっていたのだ。
指名なしで予約してきた彼女。
何度か担当している僕がいいだろうということで
スケジュール的にも空いている僕が今日も担当することとなった。
「こんにちは、本日担当させていただきます、リョウです」
鏡の前に案内されて座っている彼女に挨拶をする。
「…あ、はい。よろしくお願いします」
彼女はいつものことだが、緊張しているのか口数少なく、目線をすぐに落とした。
「今日はカットですよね。どんな感じにします?」
彼女の髪を触りながら尋ねる。
その髪は胸下まで伸びたストレートで
よく見れば枝毛も少しあるが、この長さにしてはきれいな方だと思う。
いつも揃えたり、梳いたりするくらいだから今日もそうだろうな…。
そう思いながら彼女の注文を待っていた。
「えっと、これくらいまで切ってください」
と、髪を一束つまんで彼女は答えた。
その指は肩のあたりを示していた。
「わかりました。じゃあそれくらいにして軽くしましょう」
僕はそう伝え、シャンプーをアシスタントの子に代わった。
シャンプーが終わり、彼女がカット台に戻ってきた。
「どうぞ」とカット用のケープをかけ、タオルでまとめられた髪をほどく。
ざっくりと髪に櫛を通しているうちに、僕の心の中に少し黒い気持ちが生まれていた。
僕は彼女に確認する。
「肩につかなくてもいいですか?」
彼女は一瞬戸惑ったかのようにも見えたが、すぐに
「はい、大丈夫です」と答えた。
そうこうしているうちにブロッキングも終わり、準備は整った。
「それじゃあ切っていきますね」
アシスタントの子が元気よく挨拶をしている。
お店に入ってきたのは高校生くらいの女の子である。
僕は何度かその女の子を担当したことがある。
確か、マリちゃんだっけ…。
「リョウさん、3時にご予約のお客様いらっしゃいました」
アシスタントの子が僕に声をかける。
今日も僕が彼女を担当することになっていたのだ。
指名なしで予約してきた彼女。
何度か担当している僕がいいだろうということで
スケジュール的にも空いている僕が今日も担当することとなった。
「こんにちは、本日担当させていただきます、リョウです」
鏡の前に案内されて座っている彼女に挨拶をする。
「…あ、はい。よろしくお願いします」
彼女はいつものことだが、緊張しているのか口数少なく、目線をすぐに落とした。
「今日はカットですよね。どんな感じにします?」
彼女の髪を触りながら尋ねる。
その髪は胸下まで伸びたストレートで
よく見れば枝毛も少しあるが、この長さにしてはきれいな方だと思う。
いつも揃えたり、梳いたりするくらいだから今日もそうだろうな…。
そう思いながら彼女の注文を待っていた。
「えっと、これくらいまで切ってください」
と、髪を一束つまんで彼女は答えた。
その指は肩のあたりを示していた。
「わかりました。じゃあそれくらいにして軽くしましょう」
僕はそう伝え、シャンプーをアシスタントの子に代わった。
シャンプーが終わり、彼女がカット台に戻ってきた。
「どうぞ」とカット用のケープをかけ、タオルでまとめられた髪をほどく。
ざっくりと髪に櫛を通しているうちに、僕の心の中に少し黒い気持ちが生まれていた。
僕は彼女に確認する。
「肩につかなくてもいいですか?」
彼女は一瞬戸惑ったかのようにも見えたが、すぐに
「はい、大丈夫です」と答えた。
そうこうしているうちにブロッキングも終わり、準備は整った。
「それじゃあ切っていきますね」
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