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冷たい雨に打たれて

桜を散らす冷たい雨が降る春の日。
私は長かった黒髪を切った。
あの人の視線の先にいるのは私ではないと痛いほどわかってしまったから。
想いを伝えるまでもなく終わってしまうものに区切りをつけるため・・・。
その日はもう4月になるというのに冷え込んだ空気が剥き出しになった首筋を襲う。
「切らなきゃよかったかな・・・」
電車の窓ガラスに映る自分に目を遣り、そう後悔してももう遅かった。
首元はすっきりと、そして耳たぶが少し見える髪の毛は元には戻らない。切ってしまったから。

翌日、陽気に包まれた春らしい日が続いていた。
おかげで剥き出しになった私の首筋は人目に曝されることはあっても冷気に曝されずに済んだ。
そんな日に私は彼に出会った。
彼はスラッとした長身にやわらかな微笑みの似合う人で、この陽気はこの人が連れてきたのではないかと思うような、そんな人だった。

出会いから数週間経った頃のこと。
「君の髪、とっても綺麗だよね」
まだまだ短い髪の私に、彼は何の気なくそう言った。
「え?」
髪が長かった頃は周囲から髪を褒められることもあったが、この短い髪を褒める人はいない。
「急にごめん、不快だったかな?」
申し訳なさそうに彼が謝る。
私は自分が思っている以上にぶっきらぼうな反応をしてしまったらしい。
「いえ、そうじゃないんです。髪を切ってから褒めてくれる人なんていなかったから・・・少し驚いてしまって」
鼓動が速くなるのを感じながら、でもうれしいです、と私は笑顔で彼に返した。
「もしかして、髪切ったばっかり?」
「はい、切ってまだ1ヶ月も経たないくらいですね。切る前はこのくらいまであったんです」
私は彼の質問に答え、右手でこのくらいまでとジェスチャーした。
「へぇ~、随分思い切ったんだね」
私は“勿体無いね”とか“どうして切ったの?”なんて言われたら面倒だな、などと思考を巡らせていた。
でも彼の口から出た会話の続きは違うものだった。
「短くてもこんなにキラキラした綺麗な髪の人って珍しいよ」
キラキラした笑顔でそう言われると、胸がきゅうっとなるのを感じた。
「そう・・・ですかね」
平静を取り繕うのが精いっぱいだった。
「うん、短くてこんなに綺麗なんだから、長かったらもっとすごいんだろうなぁ」
相変わらずキラキラした笑顔で彼は微笑む。
「そんなことないですよっ。でも・・・ありがとうございます」
照れながらお礼を言う私は、また髪を伸ばしてみようかと考えていた。

気づけば彼と出会ってからかなりの年月が経っていた。
私の髪はあれから順調に伸びて、腰には届かないまでも、かなりの長さ誇っていた。
彼との距離も出会った頃よりは近くなっているように思う。
二人きりで会うことも多くなったし、彼はその笑顔で隠していたのであろう、心の底にある悲しみや不安をも少しずつ私には見せてくれるようになった。
「やっぱり髪、すっごく綺麗だね」
彼がふと、私の髪に触れながらそう言った。
「ありがとうございます」
「元々髪が綺麗なのもあるだろうけど、君が大切に伸ばしてきたからこれほどキラキラしてるんじゃないかな」
彼はそう言って後ろからぎゅっと抱きしめてくれた。

季節は廻り、桜が満開に咲き誇る今日この頃。
お昼まではうららかだった空模様も一変し、ザーザーと冷たい雨が降っていた。
雨のせいかいろいろなことを億劫に感じ、夕食をお気に入りのカフェで済ませた帰りの駅で見てしまった。
大好きな彼と、知らない女性の姿。
彼に似合うスレンダーな長身で、大人っぽさが溢れる女性。
その女性がトン、と彼の胸に寄りかかる。
見たくない光景だった。でも、見てしまった。
傘をさして家まで帰ったはずなのに、全身冷たい雨に打たれて体は冷え切っていた。
「今日はどうします?また少し軽くしてトリートメントしておきます?」
いつもの美容院で、長年髪の毛を任せている美容師が定型文のような質問をしてくる。
「今日は・・・短くしてもらえます?」
私が重い口を開いてそう答えると
「あ、また短くするんですね」
そう言いながら美容師は私の髪に櫛を入れる。
何度か、髪をのばしてはバッサリと切ったことがある私の歴史を知っているからか、“こんな長い髪切ってもいいんですか?”なんて聞かれることもない。
「はい。でもうんと短く・・・今までよりも短くしてもらえます?」
私がそう加えると、さすがに美容師もすこし心配を含んだ顔を見せた。
「暖かくなってきたし、しばらく長くしてたから思いっきり切りたくなっちゃって!」
私がとびっきりの作り笑顔で勢いよく言うと美容師は安心したのか
「じゃあスッキリサッパリさせちゃいましょう」と水を得た魚のようにイキイキと準備を始めた。

後ろでゆるく髪の毛を1つに纏められた。
ジャク・・・ジョキジョキ・・・ジョキン・・・
纏められたゴムの少し上にハサミが入れられる。
いきなり頭が軽くなったかと思うと、バラバラと髪の毛が顔周りに戻ってきた。
鏡には肩よりも上でガタガタに切られたおかっぱのような私。
「こんなに切りましたよー」
明るい口調で美容師は切った髪束を私に見せる。
「ホント綺麗な髪ですよね」
と残念そうに言ったかと思うと
「じゃあ、これからまだまだ切っていきますね」
と楽しそうに言いながらハサミを構えた。
私は適当に相槌を打ちながら、されるがままに任せていた。

綺麗な髪、ね。
彼が褒めてくれたことを思い出してしまう。
短くても綺麗だと言ってくれた髪をどれくらい切れば私は楽になれるの?
彼と出会ってから伸びた分の髪を切ったって・・・
たとえ髪を全て刈り落としたとしても・・・
この気持ちは消えていくことなんてあるんだろうか・・・

ザクザクと切られていく髪。
あっという間に右側の耳がくっきりと露わになる。
そしてザクザクと左側の髪も切られ、同じように耳が露わになる。
わー・・・短い。こんな切っちゃって、さすがにやばいかも。男の人みたいになっちゃいそう。
私は妙に冷静に鏡の中の自分の変貌ぶりを分析していた。
ジョキジョキとまだまだ重い音をたてて髪を切り落としていくハサミ。
切られた髪がバサバサと落ちていく。
前髪・・・眉毛の遥か上で切られちゃったよ。毎朝気合い入れて眉毛描かないとな。
そんなことを考えているうちに、あっという間に所謂ベリーショートになってしまった。
まわりにはこんもりと切られた髪が小さな山を作っていた。

「どうですか?ほんとにスッキリサッパリさせましたけど」
得意気にも見える美容師に対して「はい、これで大丈夫です」と答えた。
最後にシェーバーで襟足をジョリジョリと整えられ、切った髪を流してもらった。
かろうじて立たない長さを保ったという髪にワックスをつけられ、美容院を出た。
帰り道は首、耳、おでこといつもは髪で隠れていた場所が空気に触れ、どうも落ち着かなかった。
よく立ち寄るコンビニのお兄さんも私を見てあんぐりしていた。
私自身、俯けば垂れてくる髪が今はもうないことをわかっているはずなのに、耳にかけようと手を持っていっては、さっき切ったばかりじゃないかとその短い髪に触れた。

その後、彼にはメールで数日後に会うはずだった約束は中止にしてもらった。
そしてこのまま自然消滅のように彼との繋がりがなくなってしまえばいいと思っていた。
でも、できなかった。
帰り道の駅の改札でバッタリ会ってしまった。

「よかった、会えて」
それが視線を合わせることもできない私に彼がかけた言葉だった。
その言葉にも何も私は返せなかった。
「髪、切ったんだ・・・」
残念そうな顔で彼が呟く。
「うん」
ただ一言私は肯定の言葉を紡いですぐに口を閉じた。
「何かあった・・・?僕、君に何かしたのかな?」
私は俯いたまま首を振った。揺れる髪はもうない。
「何かしたなら謝りたい。僕は君とこのまま途切れてしまいたくない」
穏やかな彼には珍しい少し強い口調で発せられた。
「そんなこと言わないでよっ」
思わず私は声を荒げてしまった。

落ち着いて話をしようという提案に私も納得し、場所を変えてカフェに入った。
「私、見ちゃったんです。女の人とあなたがいっしょにいるところ・・・駅で抱き合ってるところ」
「え?」
「そういう女性がいるんだったら期待させないで下さいよ。私、あなたのこと好きになってしまったから」
「違う!」
「・・・へ?」
「彼女にはきっぱりと言ったよ。他に好きな人がいるって」
「・・・・・・それって」
「もちろん・・・君のことだよ」
「・・・君のことだ」
「でも彼女、あなたによりかかって、まるで恋人同士みたいにっ・・・」
「ごめん。断ったら彼女が泣き崩れるものだから、思わず肩を抱いてしまった」
「そうでしたか」
「ごめん」

真剣な瞳ではっきり好きだと言われ、ほっとしたと同時に自分の勘違いを後悔した。
「それにしても、髪、ずいぶんと切ったんだね」
やはり残念そうに彼が私の髪の毛に視線を遣りながら言う。
「はい・・・。ここまで切ったのは初めてで・・・褒めてくれてたのにこんなにしちゃってごめんなさい」
私は申し訳なさいっぱいで謝った。
「うーん、ここまで短いと・・・僕より短いしちょっと気持ちは複雑だけど・・・」
そう言われて心がチクリと痛む。
「でもどっちかというと、髪を切ることで僕と過ごしてきた日々や思い出を捨てられたみたいな気がして悲しかったかな」
少し恥ずかしそうに、少し伏し目がちに彼はそう言った。
「大丈夫です。だってちゃんと私の中に残ってますから」
私は彼の手を自らの手でふんわり包み込んだ。
私の目と彼の目が合い、にっこりと2人クスリと笑いあった。

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