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いつもと違う日常

「ゆいの髪、伸びたな…」
私の栗色の髪に触れながら年の離れたお兄ちゃんが言う。
お兄ちゃんはとても器用で、実は私は小さなころからお兄ちゃんに髪を切ってもらってる。
同年代の友達はおしゃれな美容院に行っていたりするけれど。
いいカンジに仕上げてくれるので、私はお兄ちゃんに切ってもらうのが好きだったりする。
「前に切ってもらってから結構経つからね」
私がそう言うと、お兄ちゃんは何か考えごとをしているのか黙ったままでいる。

少しの間、お互いに無言のままリビングで紅茶を飲んでいた。
その沈黙を破ったのはお兄ちゃんだ。
「そろそろ切ろっか」
「うん、可愛くしてね」
私たち兄妹の間では数カ月おきに交わされる、よくある会話。
私は何の違和感も感じずに、お兄ちゃんが準備をするのを手伝った。

お兄ちゃんと2人でリビングの空いているスペースに新聞紙を敷いて
お兄ちゃんの部屋にあるシンプルな椅子をその真中に置いて準備が整った。
鏡は用意してないけれど、いつも必要がないから動かすのが面倒で置かないことにしている。
いつもの光景が整った。
「じゃあ、ゆい、そこに座って」
お兄ちゃんが無造作に言う。
私がそこにちょこんと座ると、いつものようにお兄ちゃんはケープをかける。
ファサっとケープがかけられると、まっ白いケープの上に私の髪の毛がサラサラと踊る。
パーマもカラーもしていない、ストレートで胸よりも長い髪の毛。
いつも胸に届く前にはお兄ちゃんに鎖骨あたりまで切ってもらっていたから
確かに結構伸びたなぁ、なんて思う。
あまり気にかけたことはなかったけど、ツヤツヤと光を反射している。
私、結構髪の毛きれいなのかもしれない。
少し切るのがもったいないような気もする。

私はそんなことを思いながらぼーっとしていた。
その間、お兄ちゃんは私の髪を丁寧にブラッシングしているようだ。
「サラサラしてきれいな髪だな。なかなかこんなきれいな髪の女の子いないよ」
いとおしそうな表情でお兄ちゃんが言う。
年が離れてるからかお兄ちゃんはいつも私に優しいけれど、こんな表情は珍しい。
少し不思議に思いながらも「ありがと」と照れながら私は言う。
ブラッシングが終わるとお兄ちゃんは手際よく私の髪を霧吹きで濡らしてブロッキングしていく。
もう何回も私の髪を切っているだけに手慣れている。
「切っていくからね」
お兄ちゃんがそういうのがいつもカットのスタートの合図。
今日もお兄ちゃんはそう言うと、私の後ろの髪の毛を一束手にとってハサミを入れようとしている。
ジョキジョキ…バサッ
髪の毛が切り落とされて床に落ちたらしい。
鏡がないからどうなっているかはよくわからないけれど、
感触や振動で切ったんだなってことはわかる。
ジョキジョキ…ジョキ…ジョキ…
次々にお兄ちゃんはハサミを入れていく。
その度にバサバサと音を立てて私の髪が床に落ちていった。

あっという間に後ろが終わったらしく、サイドの髪のブロッキングが解かれる。
お兄ちゃんは私の右側に立ち、髪の毛を手に取る。
後ろと同じ調子でハサミが入る。
ジョキッ……
「えっ」
私は思わず驚いて声をあげた。
私の右サイドの髪はあごの下あたりでパツンと切られてしまったのだ。
何も相談しなくても、いつも鎖骨あたりに切ってもらっていたから、今日もそうだと思ってた。
それに、私は物心ついてから肩より短くしたことがない。
パニックのような、ショックのような、混乱した気持ちでいっぱいになってくる。
そんな私の様子を見てか、
お兄ちゃんは一言「大丈夫、絶対可愛くするから」とだけ言った。
私は「うん…」と返事をするのが精いっぱいだった。

お兄ちゃんは真剣なまなざしでどんどん私の髪を切っていく。
右側と同じように左側もあごの下あたりでジョキッっと切られた。
一通り切り終えたのかと思ったが、後ろにまだまだハサミが入れられていく。
ジョキジョキジョキッ…
時折ハサミの冷たい感触が首に伝わる。
どうやらかなり短くなってるみたい。
私はきっと強張った表情をしているに違いない。
横にもまだまだハサミが入れられる。
ジャキッ!
耳元だからなのか、ハサミが髪を切る音がいつもより大きく聞こえる。

混乱交じりのまま、ぼーっとしているうちにどんどん髪は短くなっていった。
気づくとお兄ちゃんはやっと梳きバサミに持ち替えている。
髪をとりわけては、シャキッシャキッ、と軽快にハサミを入れている。
今までもずいぶん切っただろうに、まだまだ髪の毛がたくさん落ちてくる。
後ろにも、サイドにも、トップの方にも何度もハサミが入れられる。
シャキシャキッ
お兄ちゃんは少し引いて遠目から見たり、頭全体を触ったりして
全体のバランスを何度も確認していた。

今度は前髪がブラッシングされる。
少し伸びた私の前髪が目にかかっている。
「ちょっと目つむってて」
お兄ちゃんの言葉で私はいつものように瞳を閉じる。
チョキチョキチョキチョキ・・・
「終わったよ
再びお兄ちゃんの言葉で目を開けると、前髪が目にかかる煩わしさはなく
心なしか視界が明るいような気がした。

「はい、出来上がり」
お兄ちゃんはそう言いながら、私の顔や首についた毛を払い、ケープをとった。
そしてすぐさま手鏡を取りに隣の部屋まで行き、戻ってくる。
「どうなったか気になるでしょ?」といたずらな表情で手鏡を手渡してくる。
「うん…だって、お兄ちゃんすっごくいっぱい切るんだもん」
とっても気になるけれど、私は怖くて鏡が見れない。
「すっごく可愛くなったよ。ホラ」
と、お兄ちゃんが私から手鏡を取り上げて私の目の前にもってくる。
「わっ!」
そこには見たことのない私がいた。
サイドは耳がかろうじて隠れるくらいだし、前髪も眉毛が見えるくらいの長さ。
後ろの髪を触ってみると、襟足あたりですでに毛先に触れてしまう。
見慣れなくてヘンなカンジ。
でも…ふんわりしたシルエットで長さの割には女の子らしい気がする。

「どう?気に入らない?」
「うーん…こんなに短くしたことないからまだ戸惑ってるけど」
「けど?」
「悪くはない、かな」
表向きはそう言いながらも、内心は結構いいかも、なんて私は思っていた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
私はお兄ちゃんに率直な疑問をぶつけてみた。
「なんで今日、私の髪こんなに短くしたの?」
「うーんと…それは…」
少しバツが悪そうにお兄ちゃんは言葉を続ける。
「ゆいの髪が今までで一番長いところまで伸びて、すっごいきれいだと思ったよ。
 だけど、なんでか、思いっきり切ってみたくなっちゃって」

「えー、そんな理由なの?私、いきなりでほんとにびっくりしたんだから!」
その答えに私はすこし怒りたくもなった。
「ゆいはずっと髪の毛短くしたことなかったよね。驚かせてゴメン。
 でも俺は、ショートのゆいも絶対可愛いだろうなって思ってたよ」

お兄ちゃんはそう言いながら、私の短くなった髪の毛をくしゃっと撫でる。
そんなこと言われたら怒るに怒れない。

いつものようにお兄ちゃんに髪を切ってもらうつもりだった。
けど、出来上がったのはいつもとは違う髪型。
びっくりしたし、泣きそうにもなったけど…この髪型もいいカンジかもしれない。

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